頼みもしないのにデジタルなんぞに移行するというのは、正直、気分が良くない。
それに「地デジ」「地デジ」、、、、、、と、騒がしいこと。
あれは「血出痔」といっているようで、たいへん不愉快な略語だと感じる。
「もうお前んとこのテレビは映らんぞ!!」と脅迫されているようで、これまた不愉快だが、
私自身は映らなくてもいいのだ。落語番組などが観れなくなるのは残念だが
(昔に比べて格段に減ってしまったが)、
テレビはニュースと社会問題の番組くらいが映ればいいから、
極端に言えばラジオさえあればよくて、ほんとうはテレビは要らん!!
今日は都城市で「地上デジタル」の相談会があるということで、嫁さんが出掛けてみた。
帰ってきた嫁さんの曰くには、やはりうちの辺りは電波の状況がすこぶる悪い、ということだった
が、よくよく聞いてみれば、どうせ素人相手の説明だからでもあろうが、
たいして納得のいく内容の説明は受けていないことがよくわかった。
「デジサポ」という組織ができて、ここでは膨大な人数の職員が雇われているのだろうが、
いったいどの程度の専門的知識を身につけているのであろうか?
雇用促進に一役買っているかもしれないが、結局、わが家に専門家が来ることになり、
相談会などわざわざ出掛けなくても、電話で専門家を最初から呼びつけたほうが
早かったと思う。
前置きが長くなってしまった。
庭のクロガネモチについているシンジュサンの繭だが、
この繭はけっこう頑丈にできており、手で繭を裂こうとしてもなかなか難しい。
繭の外壁は分厚いのである。
しかし、写真のごとくあきらかに外側から穴を穿たれている。
穴を穿った犯人が何者かはわからない。
が、たかっているアリ達が犯人でないことは、多分間違いないと思う。
繭の中の蛹が何者かに襲われて食べられた。
その残骸から放たれる臭いに誘われてアリたちがやって来た。
そういうことではないだろうか?
(しかし、アリが完全に白、とも言い切れない。繭が完成した初期の段階で、
アリが来て小さな穴を穿っているところを観察している)
この場合、シンジュサンの繭の災難に同情をよせる人がいたとしても、
アリたちの生活のなりわいに興味を抱き、ああ、今日もアリさんたち餌にありつけたね、
などと思う人はおそらく皆無であろうかと思う。
アリはどこにでもウジャウジャゃいて、おそらく感情移入する対象になりにくい。
その反対に、シンジュサンは少数派とはいえ、この虫に好感を抱き、
写真画面に写っていれば、当然、シンジュサンが主人公と捉える人の方が多いだろう。
なんと不運な繭であろうかと。
また別の見方もできる。
もしも、繭に穴を穿ったものが鳥であったなら、
鳥の好きな方は、オオ、こういうのも餌になるのだなあ、と鳥の食生活の一場面を
想像するかもしれない。ではいったい、なんという鳥だろうか?と。
それに「地デジ」「地デジ」、、、、、、と、騒がしいこと。
あれは「血出痔」といっているようで、たいへん不愉快な略語だと感じる。
「もうお前んとこのテレビは映らんぞ!!」と脅迫されているようで、これまた不愉快だが、
私自身は映らなくてもいいのだ。落語番組などが観れなくなるのは残念だが
(昔に比べて格段に減ってしまったが)、
テレビはニュースと社会問題の番組くらいが映ればいいから、
極端に言えばラジオさえあればよくて、ほんとうはテレビは要らん!!
今日は都城市で「地上デジタル」の相談会があるということで、嫁さんが出掛けてみた。
帰ってきた嫁さんの曰くには、やはりうちの辺りは電波の状況がすこぶる悪い、ということだった
が、よくよく聞いてみれば、どうせ素人相手の説明だからでもあろうが、
たいして納得のいく内容の説明は受けていないことがよくわかった。
「デジサポ」という組織ができて、ここでは膨大な人数の職員が雇われているのだろうが、
いったいどの程度の専門的知識を身につけているのであろうか?
雇用促進に一役買っているかもしれないが、結局、わが家に専門家が来ることになり、
相談会などわざわざ出掛けなくても、電話で専門家を最初から呼びつけたほうが
早かったと思う。
前置きが長くなってしまった。
庭のクロガネモチについているシンジュサンの繭だが、
この繭はけっこう頑丈にできており、手で繭を裂こうとしてもなかなか難しい。
繭の外壁は分厚いのである。
しかし、写真のごとくあきらかに外側から穴を穿たれている。
穴を穿った犯人が何者かはわからない。が、たかっているアリ達が犯人でないことは、多分間違いないと思う。
繭の中の蛹が何者かに襲われて食べられた。
その残骸から放たれる臭いに誘われてアリたちがやって来た。
そういうことではないだろうか?
(しかし、アリが完全に白、とも言い切れない。繭が完成した初期の段階で、
アリが来て小さな穴を穿っているところを観察している)
この場合、シンジュサンの繭の災難に同情をよせる人がいたとしても、
アリたちの生活のなりわいに興味を抱き、ああ、今日もアリさんたち餌にありつけたね、
などと思う人はおそらく皆無であろうかと思う。
アリはどこにでもウジャウジャゃいて、おそらく感情移入する対象になりにくい。
その反対に、シンジュサンは少数派とはいえ、この虫に好感を抱き、
写真画面に写っていれば、当然、シンジュサンが主人公と捉える人の方が多いだろう。
なんと不運な繭であろうかと。
また別の見方もできる。
もしも、繭に穴を穿ったものが鳥であったなら、
鳥の好きな方は、オオ、こういうのも餌になるのだなあ、と鳥の食生活の一場面を
想像するかもしれない。ではいったい、なんという鳥だろうか?と。


















































