午前7時半。庭のアカメガシワの葉うらで交尾していたのは、クワゴマダラヒトリ。
本種の幼虫はさまざな植物を食べる、いわゆる毛虫。
黒い色の方が、オス。オスの触角は櫛状で少し幅広い。
オス、メスの区別が白黒とはっきりとしているが、よ~く見れば細かい紋様や
飾り色など、同種であることがわかる。
ヒトリガ類の成虫では、面白い実験ができる。
交尾が解けてから、その実験の様子も撮影していおいたのは言うまでも無い。
虫にはその姿と、そして秘めた習性という、大きくわけて二つの魅力がある。
その魅力をわかりやすく写真で表現し、本の形でまとめるのが私の仕事の主軸となって
いる。
今朝のゴマダラヒトリの実験では、じつは私にとって新しい発見があった。
それは私が単に知らなかっただけのことだろう。
これまで何度も行ってきた実験(実験と言うか、簡単な遊びとも言える)では、見落として
いたのか、あるいはゴマダラヒトリという種の特性なのか、わからない。
それでもこのように虫と対面していれば、ちょっとしたことでワクワクするような発見が
ある。
そのワクワクする気持ちは大事であり、いつまでもこの稼業を続けられる大きな理由で
あろうと思う。
( 写真/ E-520 ZUIKO D 35ミリマクロ+1.4倍テレコン、内臓ストロボ )
ところで、私はあまりテレビを見ない。
ニュースは例外だが、ラジオを聞く方が好きで、よくラジオは聞いている。
携帯電話ではないが、テレビもいらない、とさえ思っている。
地デジとか薄型大画面テレビのことなども、まったく気にならない。
テレビが映らなくなったら、それまでだろうとむしろ楽しみにしている。
しかし、家族がいるからそういうわけにもいかないのが現実というもの。
もっともうちの家の電波事情では、まともに映るのはNHKと民放1局のみで、
ケーブルTVも利用できない立地条件ではある。
ときにビデオの撮影の仕事もするけれど、私の仕事の主力は本である。
本という表現方法が気に入っているからだろう。
そして、本という媒体は読者にいろんな想像力をもたらしてくれる、という点が良いと思う。
そういう意味では、ラジオも聞き手が想像力を働かせることのできる世界だ。
自然界のできごとを写真や文章で表現するには、やはりもどかしいものがある。
しかし、そのもどかしさが故、読み手は想像力を大いに働かせることができる。
自然写真は、自然界のできごとをきっちりと解説するだけではなく、
いろんな自己主張をしたり、さまざまな刺激をもたらすものでもある。
問題は、その想像力をいかようにかき立てるか、である。
毎年、どういう本を作るのか、頭に描きながら撮影をしている。
一つ一つの場面ごとに、ある文脈が湧き上がってくる。
その文脈がしだいに明解になり、どんどんと膨らんでいくこともあれば、
途中で停滞したままのことも多い。
今現在、抱えている数冊の本の仕事は、私の発案とそうでないものとが混じっている。
自ら考え出したテーマといっても、それが出版社の思惑と合致しないと仕事には
ならない。
あるいは出版社側からいただいたテーマには私がずっと思い描いていたことと
重なるものもある。その場合はタイミングが問題となる。
出版社側から提案をいただき、それがどうしても自分の意に合わず、お断りしたのは
これまでに2回だけあった。今思えば、自分の力不足を言い訳にしていたのだろう。
が、ともかく日々の撮影や観察のなかで今年も新しいテーマを一つ決めることができた。
それは特に、先に書いた読者の方の想像力をいかにかき立てることができるか、
という点にこだわった本の内容である。
こうしてテーマがはっきりすると不思議なもので、そのテーマに沿ったシャッターチャンスが
待ってましたとばかり、どんどんと増えていく。
本種の幼虫はさまざな植物を食べる、いわゆる毛虫。
黒い色の方が、オス。オスの触角は櫛状で少し幅広い。
オス、メスの区別が白黒とはっきりとしているが、よ~く見れば細かい紋様や
飾り色など、同種であることがわかる。
ヒトリガ類の成虫では、面白い実験ができる。交尾が解けてから、その実験の様子も撮影していおいたのは言うまでも無い。
虫にはその姿と、そして秘めた習性という、大きくわけて二つの魅力がある。
その魅力をわかりやすく写真で表現し、本の形でまとめるのが私の仕事の主軸となって
いる。
今朝のゴマダラヒトリの実験では、じつは私にとって新しい発見があった。
それは私が単に知らなかっただけのことだろう。
これまで何度も行ってきた実験(実験と言うか、簡単な遊びとも言える)では、見落として
いたのか、あるいはゴマダラヒトリという種の特性なのか、わからない。
それでもこのように虫と対面していれば、ちょっとしたことでワクワクするような発見が
ある。
そのワクワクする気持ちは大事であり、いつまでもこの稼業を続けられる大きな理由で
あろうと思う。
( 写真/ E-520 ZUIKO D 35ミリマクロ+1.4倍テレコン、内臓ストロボ )
ところで、私はあまりテレビを見ない。
ニュースは例外だが、ラジオを聞く方が好きで、よくラジオは聞いている。
携帯電話ではないが、テレビもいらない、とさえ思っている。
地デジとか薄型大画面テレビのことなども、まったく気にならない。
テレビが映らなくなったら、それまでだろうとむしろ楽しみにしている。
しかし、家族がいるからそういうわけにもいかないのが現実というもの。
もっともうちの家の電波事情では、まともに映るのはNHKと民放1局のみで、
ケーブルTVも利用できない立地条件ではある。
ときにビデオの撮影の仕事もするけれど、私の仕事の主力は本である。
本という表現方法が気に入っているからだろう。
そして、本という媒体は読者にいろんな想像力をもたらしてくれる、という点が良いと思う。
そういう意味では、ラジオも聞き手が想像力を働かせることのできる世界だ。
自然界のできごとを写真や文章で表現するには、やはりもどかしいものがある。
しかし、そのもどかしさが故、読み手は想像力を大いに働かせることができる。
自然写真は、自然界のできごとをきっちりと解説するだけではなく、
いろんな自己主張をしたり、さまざまな刺激をもたらすものでもある。
問題は、その想像力をいかようにかき立てるか、である。
毎年、どういう本を作るのか、頭に描きながら撮影をしている。
一つ一つの場面ごとに、ある文脈が湧き上がってくる。
その文脈がしだいに明解になり、どんどんと膨らんでいくこともあれば、
途中で停滞したままのことも多い。
今現在、抱えている数冊の本の仕事は、私の発案とそうでないものとが混じっている。
自ら考え出したテーマといっても、それが出版社の思惑と合致しないと仕事には
ならない。
あるいは出版社側からいただいたテーマには私がずっと思い描いていたことと
重なるものもある。その場合はタイミングが問題となる。
出版社側から提案をいただき、それがどうしても自分の意に合わず、お断りしたのは
これまでに2回だけあった。今思えば、自分の力不足を言い訳にしていたのだろう。
が、ともかく日々の撮影や観察のなかで今年も新しいテーマを一つ決めることができた。
それは特に、先に書いた読者の方の想像力をいかにかき立てることができるか、
という点にこだわった本の内容である。
こうしてテーマがはっきりすると不思議なもので、そのテーマに沿ったシャッターチャンスが
待ってましたとばかり、どんどんと増えていく。